No.215, May 2006

Research Introduction
プロジェクト研究
視機能障害を起こす神経変性疾患の発症機序解明と治療法に関する研究
Workshop
実施報告
  • 研究フォーラム
  • 病院連連携研究発表会
  • 多摩カンファレンス
  • 研究成果発表会

Topics

開催報告

世界脳週間2006講演会

高次脳機能研究分野 参事研究員渡邊 正孝

3月14日、国分寺いずみホールにて2006年の世界脳週間講演会「意欲、注意、行動制御−前頭葉はどのように働くか」が開催されました。「世界脳週間」は、脳科学の科学としての意義と社会にとっての重要性を一般に啓蒙することを目的として世界的な規模で行われるキャンペーンであり、東京都神経科学総合研究所では2000年の第一回からこの運動に積極的に参加してきました。本年は前頭葉の働きと関係させて比較的身近なこころの問題について考える講演会を持ちました

最初に私(渡邊正孝)が「がまんづよさと前頭葉−発達の過程で学ぶがまん」と題して講演を行いました。がまんには「してはいけないというルールに従ってしたいこともがまんする」というものと、「より大きな利益を得るために小さな利益を得ることはがまんする」というものがあります。前者はゴー・ノーゴー課題や、ストループ課題と呼ばれる課題でテストでき、前頭葉の外側部が関係しています。後者は「すぐ反応すると小さなごほうびしかもらえないが、がまんすると大きなごほうびがもらえる」という「セルフコントロール」課題でテストでき、前頭葉の内側部、眼窩部と呼ばれる部位がより関係しています。がまんは発達に伴う学習によって身につきます。最近の子どもは、以前より年齢が上がらなければ、いろいろながまんが出来ないという傾向が見られます。これは前頭葉の発達が全般に遅れていることを反映しているとも言えます。子どもたちにはがまんをしなければならない,がまんをするといいことがある,というような経験をさせ、がまんの重要性を教えることが,彼らの大人になってからの円滑な社会生活のためにも必要です。

次に理化学研究所の尾上浩隆研究員が「疲れと前頭葉−疲労とは何か?その予防と回復法を考える」と題した講演を行いました。疲労感は痛みや発熱といった体の危機管理のためのシグナルのひとつと考えられています。疲労は文化的にも、経済的にも社会にとって損失をもたらします。病的な疲労状態は慢性疲労症候群と呼ばれています。疲労のメカニズムの解明はこれまでなかなか進みませんでした。しかし最近、疲労を感じるシステムは脳の高次機能を司る前頭葉の一部に存在することがわかってきました。この部位は、意欲や情動においても重要な役割を担っており、そのために、過度の疲労やその蓄積が意欲の低下を引き起こすようになると考えられます。また、慢性疲労症候群の患者さんの脳をMRIという機械で詳しく調べると、意志や作業記憶を司る、上記とは別の前頭葉の一部に萎縮のあることが発見されました。これらはみな、疲労が脳の高次機能と密接に関係していること物語っています。健康で質の高い生活を保持するためには、睡眠を十分に取ることはもちろんですが、疲労と上手に付き合っていけるように疲れを正しく理解する必要があります。

最後に東京都精神医学総合研究所の星詳子研究員が「注意・集中と前頭葉−精神活動は注意から始まる−注意の神経メカニズム」と題した講演を行ないました。注意は複数の機能から成り立っており、どの対象に注意を向けるかを決定する選択機能、注意の持続を行う維持機能、注意の転換や個々の機能の制御を行うという制御機能に分けることができ、それぞれに脳の異なった部位が関っています。注意には、目や手の動きを伴い、注意を向けたことが外から容易にわかる「顕在的注意」と、視線を変えずに視野の周辺に注意を向けたり、記憶を探ったりするなどの、外からは捉えにくい「潜在的注意」があります。前頭葉の未熟な生後3ヶ月児でも目で物を追う行動が認められ、顕在性注意は比較的簡単なプロセスで営まれています。相手から目をそらすという視線回避が潜在性注意の現れだとすると、視線回避は1歳3ヶ月以降で始めて観察され、前頭葉を中心とした、より発達した神経ネットワークによる複雑なプロセスを必要とすることが考えられます。注意は情報処理における第一段階であり、注意機能の障害は精神活動の全ての段階に影響を与えますので、注意機能障害の予防・治療法の開発が必要です。そのためには、注意、特に潜在性注意の神経ネットワーク解明が重要と思われます。

3人の講演が終わったあとの休憩時間には、参加者に質問を紙に書いて出して頂き、その後質疑応答の時間を持ちました。参加者の興味を反映して、幅広く、またかなりつっこんだ質問がたくさん寄せられました。会場では前頭葉の働きについて知りたい、という人たちの熱気が感じられ、講演者自身も質疑応答で自分たちの考えを率直に述べ、充実した時間を持つことができました。本講演会を後援下さった各機関の皆様、そして周到な準備とつつがない運営をして下さいました事務局の皆様にこの場を借りてこころから感謝の意を表したいと思います。