免疫、その功罪

免疫システム

1 はじめに

ほとんどの人は「免疫」という言葉を一度は聞いたことがあると思います。そして、この免疫機能こそが外界から体内へ侵入してくる細菌やウイルスなどの病原体を排除して私たちの体を感染症から守ってくれていることをご存じでしょう。最近テレビの情報番組・新聞などの健康に関わる特集で免疫が取り上げられることが多く、「免疫力を高めるには」「免疫力をアップしてくれる食材」などの情報が提供されることなどから「免疫」が身近なものになってきています。そこで、今回のこのコーナーでは「免疫」について、知っているようで実は知らないことが多い基本的なしくみ、免疫が関わっている現象、そして免疫機能異常によってもたらされる病気(特にアレルギー)などについて、できるだけわかりやすく解説していきたいと考えています。

2 免疫とは何か

免疫とは何か。1であげたように体内へ侵入してくる病原体を排除してくれる生体がもつ防御機構でありヒトにとって有益なシステムである、というのは一つの答えです。ただし、われわれの体の中でおこっている免疫反応を考えるとそれだけでは説明しつくせないことが多くあります。たとえば、第3話で詳しく触れますがアレルギー反応は免疫によって引き起こされる現象の一つです。ご存じのようにこのアレルギーの原因となる物質は、細菌・ウイルスなどの寄生体にとどまらず、植物の花粉、食べ物に含まれるタンパク質、さらには金属にいたるまで実に幅広いことが知られていますし、アレルギー疾患を経験したことがある方ならばおわかりの通り免疫反応が必ずしもヒトにとって益となるわけでもありません。そこで改めて、免疫とは何か、を一言で表現すると「自分(自己)と自分以外(非自己)のものを識別する機構」と定義することができます。この定義に従えば、病原体、卵やそばに含まれるタンパク質、あるいは金属などはすべて非自己と認識されて体内で免疫反応がおこります。このように免疫反応をおこす原因となる物質のことを「抗原」と呼んでいます。

3 免疫反応が関わる現象・病気

繰り返しになりますが、免疫反応が関わるもっとも重要な機能は病原体を体内から排除するという防御機構があげられます。免疫機能が低下すると感染に対して極端に弱くなってしまう状態、すなわち免疫不全の状態がもたらされます。免疫不全は、先天性と後天性に大きく分けることができます。生まれつき、免疫細胞が体内でうまく作られない、あるいは作られてもうまく働かないことによっておこります。後天性免疫不全は、ある種の薬、感染、ストレスなどが原因となって免疫細胞が死んだり、働きが悪くなってひきおこされる状態で、HIV (human immunodeficiency virus)感染後に発症するAIDSもその一例です。一方で免疫反応が過剰に働くとヒトの体を傷つけることがあります。その代表例が自己免疫疾患とアレルギー疾患です。自己免疫疾患とは、本来非自己に対してのみ起こるはずの免疫反応が自分の体の成分に対して起こってしまい、その結果攻撃された臓器が傷つけられることによっておこる病気です。アレルギー反応も同じように、特定の抗原に対して免疫反応が暴走してしまった結果おこる病気と考えられています。これらの他に免疫反応が関わる現象としては、すでに多くの人がご存じの通り、ワクチン接種、臓器を移植した後に問題となる拒絶反応などが挙げられます。

4 自然免疫と獲得免疫

例えば、病原体が体内に入り込んだと仮定しましょう。病原体は、空気を介して気道の粘膜から、食べ物飲み物を介して消化管の粘膜から、傷口や注射針あるいは人の血を吸う虫の刺し口などを介して皮膚から体内へ侵入してきます。すると病原体が侵入した局所にある細胞は特有の化学物質を周囲に出すことにより異変を伝えます。この情報をキャッチした樹状細胞、マクロファージ(図1)など見張り役の細胞は病原体に接触してその特徴を覚えるとともにさらに別の化学物質を放出して周囲の毛細血管をふくらませ血液中の白血球を呼び込み、できるだけ侵入局所で病原体を押さえ込むよう努めます。この感染から我々を防御してくれる最前線の反応のことを「炎症」と呼びます。炎症が起こっている場所では、毛細血管がふくれているために外からみると赤くなって見えますし、いろいろな細胞が動員されてきているので腫れてきます。

図1.免疫反応を担当する細胞たち
図1. 免疫反応を担当する細胞たち 免疫反応がスムーズに起こるためには、見張り役である樹状細胞、マクロファージ、見張りから伝えられた異変をもとに実戦部隊に指示を出すヘルパーT細胞、そして「抗体」という優秀な飛び道具を作り放出するB細胞、異常をおこしてしまった細胞を殺すキラーT細胞という実戦部隊が必要です。

見張り役の細胞の一部は、血管やリンパ管を伝って全身を駆けめぐり自分が覚えた特徴を免疫反応の主役となる細胞に伝えます。その主役となる細胞はリンパ球と呼ばれ、血液細胞中の白血球に20〜30%程度含まれる細胞です(みなさんが健康診断の後に受け取る報告書を見直していただくと、血球数の項目中白血球の分画という欄がありその中のLyあるいはLymphと書かれている細胞がリンパ球に相当します)。ここまでの話の中で、病原体が侵入した局所でおこった反応を「自然免疫」、リンパ球が主役を演じる免疫反応を「獲得免疫」と呼んでいます。どちらも免疫反応としては重要な役割を果たしていますが、このコーナーではスペースの制約もあるので、ここからは「獲得免疫」について話を進めていきます。

5 免疫の主役:リンパ球

図1に簡単に示しましたが、リンパ球は、その構造と働きから大きくB細胞T細胞とに分類されます。B細胞は「抗体」と名付けられているきわめて有効な飛び道具を作って血液中や病原体のひそむ組織に向けて放出します。抗体の本体は、免疫グロブリンというタンパク質で、図2に示したようなYの字に似た構造をとっており、その先端部分で抗原とくっつきます。抗体が細菌から出された毒素と付着するとその毒素の働きを無力化しますし、病原体の表面にある抗原とくっつくことにより病原体を殺す働きを持っています。一方のT細胞には、異常が起こって我々にとって不都合な細胞(たとえばウイルスが感染してしまった細胞など)を見つけだしてこれらを殺す働きを有する実戦部隊の細胞(キラーT細胞)と免疫システムが効率的に働くよう指示を出す司令塔の役割を果たす細胞(ヘルパーT細胞)の2種類が存在しています。

図2.抗体の構造と機能
図2. 抗体の構造と機能 抗体は、免疫グロブリンと呼ばれるタンパク質がその本体です。大きな重鎖と軽鎖が1対ずつ合わさりアルファベットのYの字のような形をしており、その先端部分で抗原とくっつきます。抗体には右側に示したように3種類の働きがあることが知られています。1は細菌などが出す毒素と直接くっつき毒素を無力化してしまう働き(中和)、2は病原体の表面にくっついた抗体が目印となって、そこに補体という物質が集まり病原体に穴をあけて殺してしまう働き。そして3は、2と同じく病原体の表面に抗体がつくことによりマクロファージに食べられやすくする働きを示しています。

一個一個のリンパ球には、それぞれが相手とする抗原が決められています。抗原を見つける目や手を持っていないリンパ球はどのように自分が担当する抗原をみつけるのでしょうか?答えは抗原受容体と呼ばれる特殊な分子にあります。一個のリンパ球の表面には、自分が担当する抗原に対応する抗原受容体を1種類発現しています(これを抗原特異性とよびます)。ここに抗原がくっつくと、細胞は自分の出番であることを察知して、いつでも総攻撃ができるよう準備段階に入り、ヘルパーT細胞からの命令が下るとただちに細胞が分裂して同じ抗原特異性を持つ仲間を増やした上で総攻撃に移るわけです。B細胞の場合には、自分が放出する抗体とほぼ同じ構造を持つ免疫グロブリンが抗原受容体となっていて、生の抗原そのものを見つけだしくっつけることができます。T細胞抗原受容体は、B細胞抗原受容体と似た形をしていますが生の抗原そのものを認められません。T細胞が抗原を見つけだすためには4で出てきた樹状細胞、マクロファージなどが一度抗原を細胞内に取り込んで粉々に砕いた一部分をMHC(主要組織適合遺伝子複合体)と呼ばれる特殊な分子の上にのっけた形で、はいどうぞと提示される必要があります。という訳で、T細胞の方は少々ぜいたくな訳です。

6 複雑で精妙な免疫システム(図3)

免疫反応が潤滑に起こるためには、5で紹介したリンパ球に加えて樹状細胞、マクロファージなどが緊密に連絡を取り合い連携していくチームプレーが要求されます。たとえて言うと、ヘルパーT細胞という指揮者のもとで美しい音楽を演奏するオーケストラのような存在です。どんなに個々の演奏家(免疫担当細胞)の働きが優れていても、自分の本分を見失ったり指示体系が乱れるともはや音楽を創り上げることができなくなるのは明らかです。だからこそ指揮者の役割を担うヘルパーT細胞の役割はきわめて重要です。AIDSという病気では、病原ウイルスがヘルパーT細胞に感染して片っ端から殺されてしまいます。演奏家であるB細胞やキラーT細胞は正常なのに指揮者を失うことで強い免疫不全状態がもたらされることからもヘルパーT細胞の大切さをおわかりいただけると思います。言葉、指揮棒を持たないヘルパーT細胞は、耳や目を持たないB細胞やキラーT細胞に対してこれまた特殊な化学物質(サイトカイン)を介して、時にはたがいに接着しあって指示を出します。サイトカイン、接着にかかわる分子はきわめて多数用意されていて、たとえ言葉あるいは指揮という伝達媒体を持たなくてもかなり細かな指示を出すことが可能であると考えられています。

図3.
図3. 免疫というオーケストラ 免疫反応は図に示したように、実戦部隊であるB細胞、キラーT細胞がその抗原受容体を用いて自分の出番であることを知り、ここに指揮者であるヘルパーT細胞から出された指令が加わることにより、全体の細胞が秩序だった効果的な反応をおこし、体の中の病原体排除につとめます。樹状細胞、マクロファージは、抗原分子を一度細胞内に取り込みばらばらに消化した後、MHC分子の表面にくっつけた状態でT細胞に抗原を提示します。

さて、ヘルパーT細胞の指示のもと総攻撃の結果病原体の排除に成功すると戦い終えたリンパ球は死んでいきますが、一部のリンパ球は相手の特徴を記憶したまま体の中で生き続けることが知られています。この記憶があるからこそ、再び同じ病原体が体内に侵入してきたときに短時間で総攻撃体制を整えることができ病原体が増える前に(病気を発症する前に)、敵を排除することができます。この結果、同じ感染症には二度とかからなくてすむことになります。ワクチン接種はこのしくみをうまく利用した感染症の予防法です。すなわち、きわめて強い病原性をもつ病原体が侵入してきた場合に体内で免疫系の総攻撃が整う前に、ひどく苦しい症状が出てしまったりあるいは命の危険にさらされることがあります。そのような病気に対しては、前もって病原性を無くし(または極端に落とし)、しかも本来持っている抗原を失っていない病原体や病原体が作る毒素を体内に入れることにより、免疫の「記憶」をつくることがワクチン接種の目的であります。以上のように、免疫とは多数の細胞が緊密かつ複雑な連絡を取り合うことで、きわめて精巧で高度な生命システムであると言えます。


次回は、免疫システムが有する「多様性」の背景について紹介します。