私たちヒトの脳は、動物の中でも最高度に発達したものです。この脳のおかげで私たちは目や耳を通して外界を的確に認識して、それらを記憶したり、考えたりするとともに、スポーツをする、話をするなどのいろいろな行動をしています。
神経研では、ものを見る、記憶する、考える、言葉を話す、というような機能が脳のどのような働きによってささえられているのかに関して研究するとともに、こうした機能に障害が起きた場合のメカニズム、診断、治療、リハビリテーションの方法について、都立神経病院などと連携して研究を進めています。
ヒトの脳はネコ、イヌ、サルなどに比べて何倍も大きくなっていますが、その大きくなったヒトの脳の中でも、最も発達しているのが「前頭連合野」と呼ばれる脳部位です。ネコやサルでは、大脳のそれぞれ3.5%、11.5%しか占めていないのに対し、ヒトでは約30%を占めるに至っています。
|
この前頭連合野はヒトが大人になる過程で、10歳を過ぎないとその機能が十分発揮されるようにならないというように、その発達には、最も時間がかかる部位として知られています。一方、前頭連合野は年をとるとともに、その機能が最も早く衰える脳部位でもあります。
前頭連合野は新しいことがらを学んだり、将来の計画を立てたり、ものを考えたり、というような高いレベルの精神機能を担っています。それとともに喜怒哀楽、意欲、情操のような機能にも重要な役割を果たしています。 新しいものを発明する、優れた芸術作品を生み出すというような機能には、この前頭連合野が重要な働きをしていると考えられます。
こころの病である精神分裂病や、そううつ病の症状の中には、前頭連合野の機能障害が関係するものが多数知られています。前頭連合野の研究は、こうしたこころの障害の基礎を明らかにし、その治療やリハビリの方法を指し示したり、老化に伴う知的機能の低下を押しとどめる方法を考えるためにたいへん重要です。さらに、創造性、豊かな情操を考える上でも前頭連合野の研究は重要な意味を持っています。
いまから約150年前、アメリカ人、フィネアス・ゲイジという人は、鉄道工事中の火薬の爆発で、太さ3cmの鉄の棒が頭蓋骨を突き抜けるという事故にあいました。命は取り留めましたが、事故前は知的で、周囲に尊敬される人であったのに、事故で「前頭連合野」を中心に大きな脳損傷を受けたことにより、全く人が変わってしまいました。責任感はなく、軽薄で、計画性もなく、場当たり的な生活しか出来なくなってしまいました。彼の症例は前頭連合野研究の始まりとなりました。彼の頭蓋骨と彼の人格を変えてしまった鉄の棒は現在、ハーバード大学医学部の博物館に保存されています。
|
ヒトの大脳半球は、言語性優位半球が左というように、機能分化が進んでいます。そのため、病気や外傷によって脳に損傷が起こると、認知、言語、行為、記憶などの高次脳機能が、様々な組合せで障害されます。これらの症状について、脳内メカニズムの解明、適切な診断法とリハビリテーション技法の開発を進めています。
左半球は言語を使う機能を主に担当しており、その損傷によって言語を理解したり話したりすることができなくなる症状「失語症」を生じます。失語症があると、相手の言う言葉を聞き取れない、自分の言いたいことを言葉にできない、字が読めない、そして書けないなど、日常生活に大きな支障をきたします。
右半球は空間をとられる機能を主に分担しており、その損傷によって左側の空間を無視してしまう症状「半側空間無視」が生じます。半側空間無視があると、食事の左側のおかずを食べ残す、左側の物にぶつかるなど、日常生活の大きな障害となります。
|
失語症患者の言葉の理解力をみる検査音 言語音のどの部分がどのような役割を持ち、脳内でどのように解読されているかを研究しています。 |
|
左半側空間無視患者の視線の動き 絵の右側の人物だけを注視し、左側を無視しています。 |